16:歩け歩け東京、皇居周辺

山梨を良さを伝える為にもしっかりとした評価基準を持ったり、違いを知ったりしなくてはいけません。 そんなわけで?東京ぶらり旅。まずは皇居外堀から。 芝生や松の緑とオレンジや赤のコントラストがとても綺麗でした。 東京の秋もしっかり深まっております。 外堀 皇居日比谷方面からみた丸の内付近。 丸の内 休日、朝のオフィス街はひっそりしています。 でもそういうビルの森の中を散策するのもまたいいものです。 永田町の駅も人っ子ひとりいません。 無機質なビルや駅も人がいないだけでイメージがまるで変わってきます。 永田町 こちらは池袋サンシャイン通り。 都会の喧騒ではありますが、街と言うのはエネルギッシュなほうがいい気がします。 街や田舎のコントラストがお互いの魅力を引き立てるのだと思います。 サンシャイン通り そして最後は新宿の夜景。この日は休日なので明かりも少なめ。 新宿夜景 森が朝露と朝日で輝くならば、ビルは電気と暗闇をもって輝きます。 人と自然、喧騒と静けさ、田舎と都会、ビルと森、夜と朝。 都会の中に自然を感じながら、田舎を思い都会に焦がれ。 街の持つ魅力、自然の持つ力。 東京も好きだけど山梨も好き。それで全然いいと思う。 個性を尊重することは、相手のいいところを見つけて認めること。街も同じ。そんな気がしました。

15:身延山久遠寺と七面山敬慎院を結ぶ宿場町、赤沢宿

身延山久遠寺と七面山の間にある赤沢宿。赤沢は日蓮宗総本山である身延山久遠寺と、霊山といわれる七面山を結ぶ参道の間にあり、古来より日蓮宗の信者や参拝客を迎える宿場として栄え賑わいをみせましたが、今はひっそりとその姿を国の重要伝統的建造物群保存地区として保持しています。 過去は豊富な木材資源を背景に、杣人や木挽きや大工など、多くの職人が育ち山村文化を形成してきたそうです。 akazawa2現在では旅館が1件と週末と平日不定休の蕎麦処が1件あるのみで宿場町としての活気はみられませんが、歴史ある宿場町の石畳や建物は周囲の静けさとともに、当時へタイムスリップするかのような環境を作り出しています。 akazawa1 脇を流れる春木川は糸魚川静岡構造線という日本を大きく分ける断層が走っており、フォッサマグナと呼ばれる東北日本と西南日本の境目とされる溝の西側にあたります。 フォッサマグナ自体は関東甲信越地方の下に形成されている窪地のことで、その深さは周辺の3000m級の山々の標高を足して考えると1万メートル近いともいわれています。その上に堆積した土の上で我々の多くの人々は生活しているということになります。 フォッサマグナ=糸魚川富士川構造線と間違うケースがありますが、糸魚川富士川構造線はあくまで線であり、フォッサマグナは面になります。 町の目の前には1982mの七面山が聳え立ち、標高差は1500m。このあたりから富士川周辺には、身延山の久遠寺を始めとして数多くの神社・仏閣が存在するのも、大地のぶつかり合う大きなパワーが衝突する場所がもつ地球的エネルギーに昔の人は神の力を感じ取り、人々を引き付け信仰されたのではないかと感じずにはいられません。自然の持つパワーを感じずにはいられない場所です。 写真は赤沢の少し上流にある七面山への登山口付近の春木川。 SANY3882.jpg ここにはこれから七面山へ登ろうという人たちや参拝を終えた人たちが白装束で集まります。登山口付近にはいくつかの旅館があり、頂上付近にある奥の院でも宿泊は可能ですが、そちらは寺院でありあくまで修行の一環で観光旅館ではないので注意が必要です。 身延山久遠寺から久遠寺奥の院へ歩き、そのまま身延山から赤沢へ抜け春木川を渡って七面山へ登る。それが歴史の流れを汲んだルートで、そのためにも赤沢は重要な休息場所だったことでしょう。 そのような行程では赤沢もしくは登山口付近への宿泊が必要で、七面山の敬慎院まで含めて日帰りで登るのはなかなかハードかもしれない。1泊2日、七面山でも宿泊をと考えるなら2泊3日の行程になりましょうか。 登山というより信仰の意味が強いものになるが、自分を見つめなおす意味でも一度そのようなルートで身延山から七面山までを歩いてみたいです。 赤沢は早川町にあり身延山は身延にある。七面山のほとんどは早川町にあるが、山頂付近は飛び地で身延町になっており市町村界という意味では少々ややこしい。信仰のモノなので安易に観光地化することの是非はあるとは思うが、もう少し身延山と赤沢、そして七面山のもつ地球や信仰の歴史と組み合わせれば、十分に満喫する意味を持ち合わせるスポットになるのではないかと感じました。

14:富士川水運ならぬ富士川陸運、中部横断自動車道

この間まで私自身、中部横断自動車道の整備にはあまり積極的な意見を持っていませんでした。清水までのルート、国道52号線は富士川沿いを走りカーブが多いこともありあまり効率的な道路ではありませんが、それ程多くの需要が生まれるとは想像していなかったからです。 しかしながら中部横断道が新東名高速道路を経由して清水港まで繋がることを考えると、山梨は中央道により東京を始めとして信越地方へのアクセスはよいですし、圏央道の開通により北関東へのアクセスもぐっと楽になりました。またなにより、清水港にも8,000TEU(20ftのコンテナが8000個)積みクラスのコンテナ船の荷役が可能な新興津コンテナターミナルが完成しましたので、物流拠点や工場の立地場所としては悪く無いと思えます。 リニアが現実味を帯びてき始めた今、そのルート上にあることも大きなメリットです。 そしてなにより山梨は海に面していないため空気中のナトリウム濃度が低く、日本が強い分野である高い技術力が要求される精密技術工場に適していると聞いたことがあります。 パイオニアを始めとして、大手の工場の撤退が続いていることは大変残念ですが、撤退していった企業が抱えていた山梨での最も大きな問題を解決できれば、山梨にはまだ大きなチャンスが残っていると考えています。 観光は手軽に現金収入が見込め美味しく思えるかもしれませんが、時期による変動も大きく、流行にも大きく影響を受けます。なにより娯楽産業になりますので、どうしても景気の影響を受けて手始めにカットされてしまうてしまう分野になります。そうなると雇用や生活はどうしても不安定にならざるを得ません。 実は山梨県には地元の人もあまり知らないようなよいスポットがたくさんあります。県内の雇用や生活基盤をしっかり築けば、県内観光の需要も必ず生まれます。それがインターネットなどの情報に乗って県外の方々にしっかりと着実に伝わっていくはずです。 そのために県や市町村は企業の担当者への情報発信やヒアリングを欠かすことなくしていき、問題の解決に努めて欲しいと思います。

13:偉大な地元の起業家、鉄道王根津嘉一郎

東武鉄道や南海電気鉄道など日本国内の多くの鉄道敷設や再建事業に関り、「鉄道王」と呼ばれた根津嘉一郎の記念館が10/11(土)に復元され開館するとのことで一足早く視察してまいりました。 蔵と家屋根津氏については、万力公園に大きな像があったので存在ぐらいは知っておりましたが、ビジネスマンとして数々の功績を残されました。 中庭1敷地内にはほぼ当時から残っている国登録有形文化財である旧主屋と、新しく復元された建物、そして蔵のような展示室と綺麗な庭が広がります。 庭庭はとても綺麗です。老後はこんな感じのところでのんびり過ごしたいそんな感じの庭です。 もう30年?とか前に来たことがあるというご近所の?おばあちゃんなども来ておりました。 鉄道王とも呼ばれておりましたが、地元山梨にももっと鉄道を造っておいてくれればなんて 思ってしまったりもしました。 山梨県出身の実業家は過去を含め結構多いと思うのですが、なぜ地元にて発展を遂げなかったのか。山梨の土地柄がそうさせてしまったのか、規模的に難しかったのか。 ちなみに入館料は10/11(土)からは大人300円です。