釜無川に掛かる甲斐市双葉町の双田橋からの富士山

釜無川に掛かる甲斐市の双田橋から見える富士山の様子です。

双田橋からの富士山

 

撮ってから思いましたが、同じ甲斐市であれば双田橋よりもドラゴンパークからのほうが綺麗かもしれません。もしくはすぐ近くのラザウォーク甲斐双葉の屋上なども綺麗でしょう。日本航空高校の滑走路も見えますし。

ただ広々とした河原と遠くに掛かる中部横断自動車道の陸橋との一枚ということで。

2014年の吉田口富士登山、9月14日まで延長案(山梨県方針)

山梨県は2014年より吉田口からの富士登山の期間を、山開きとなる7月1日から9月14日(例年は8月31日)までに延長する方針だそうです。

また、これに伴って夏の富士スバルラインのマイカー規制の期間を7月10日~8月31日の53日間(2013年の1.7倍)に拡大する案を地元市町村長に提示しているとのこと。

他登山口では7月1日の山開きを前倒しすることも検討されているようですが、吉田口からの富士登山は開山祭などの文化的祭典との兼ね合いがあることや、8月31日以降も富士登山可能な時期が多くなってきたということで9月14日までの延長を検討しているそうです。

ただ山開きが延びれば、9月に登ってまさかの大寒波で悲劇が起こりでもしたときにはすぐに、延長は正しかったのか?責任はどこに?などと槍玉に挙がるのが目に見えています。

個人的な意見としては、山に対して他人(国や自治体)がご丁寧にいつからいつまでなら登っていいですよとか登らないでくださいというのは違うのかなと思っています。
自然相手に遊びをするわけですから、最悪の時には死を受け入れる覚悟で遊ぶというのがある意味最も自然だと思うわけです。それを他者のせいにするのは筋違いだと思うわけです。そう言わなければならない理由がそこにあるのかと思います。

救助にしても命がけですから計画書提出時のみ救助可能であるとか、救助は義務ではないと言い放つことも時には大事かなと思うわけですが。

もちろん最近は山の事故がクローズアップされているところもありますが、本当に山歩きを文化として育てたいのであれば、

・山(自然)に対して最大限の敬意を。
・趣味で何かあった時に救助してもらえると思わない。
・自然を尊重し過剰な整備を望まない。

といったことに力を入れるべきで、富士山の世界文化遺産登録についても文化というのが名ばかりなのが誰の目にも明らかです。

実際地元では富士山の世界文化遺産によるさらなる観光客の増加を期待していましたが、マイカー規制の期間が延びたこともあって登山者の増加もなくアテが外れたとの声も聞かれます。

実際登山客は観光客の流れと異なるケースが多く、夜になってからスバルラインを使い登り始めてご来光を望むという方も多かったですから、そのような意味では観光客との住み分けもできていた気がしますが、一律通行規制となってしまったことでバスのある時間帯しか富士山にアプローチできません。ですから、日帰り登山の方も泊まりで計画をたてる必要が出てきたりします。弾丸登山弾丸登山と体力や経験、年齢を加味せず一律に自制を働かせようという感じもありましたしので、ならば別の山に登ろうとなるわけですね。

ただ、文化遺産という形で本当に文化を残していきたいのであれば、5合目まで車で乗り入れることがそもそも間違いな気がしてなりません。

文化の中心である富士講を尊重して、山梨県であれば北口本宮浅間神社からの登山とするべきなのかなと思うわけです。そうすれば5合目や6合目という比較的まだ場所の確保しやすいところに宿泊施設を用意できるので、繁忙期で宿泊したいけど宿がないといった結果的弾丸登山の防止にもなり無理のない富士登山ができると思うわけです。

無理な登山を推奨するわけではないですが、手取り足取り皆さん富士山に登りましょうとか安全に厳しい自然と触れ合いましょうみたいな矛盾になんか違和感があるんですよね。山が好きならば身の丈にあった美しい自然が実は近くに沢山ありますから、そのようなところを巡るべきだし、そのようなことを伝えるのも山歩きの文化を重んじることなのかなと考えたりします。

話がだいぶ逸れ個人的な意見が多くなりましたが、そんなこんなで富士山の山開き期間が変わりますので、2014年の富士登山を計画している方は直近になって計画変更を余儀なくされぬよう、まずはスタート地点になるマイカー規制などに注意を払って頂ければと思います。

精進湖パノラマ台からの富士山ドーン。

山梨県富士河口湖町にある精進湖の西側の尾根にあるパノラマ台

ここはその名のごとく富士山を大パノラマで眺めることが出来ます。

県営の精進湖駐車場から湖畔道を数百メートル南下して右側の自販機の所から遊歩道に入ります。道は整備されているので歩きやすいです。

富士山大パノラマ

精進湖パノラマ台からの富士山

この日はお天気もよく、トレッキングを楽しむ多くの方が来ていました。

ここからは富士山を中心に周辺の様々な山を見渡すことができます。
また尾根を三方分山の方(北)へ進むと南アルプスを望むことができるポイントやパノラマではないものの素晴らしい富士山を眺めることができるポイントなどもあります。

旧中道往還の右左口宿と精進湖周辺集落

旧中道往還。

現在の中道往還は国道358号線、地元では精進みちや精進湖線と呼ばれていますが、この道と山の中を並走するような形で旧中道往還が残っています。

もともと中道往還の中道という名は、昔からの道である若彦路(現在の笛吹市八代町から富士河口湖町大石へ抜ける若彦トンネル)と富士川沿いを走る現在の国道52号線である富士川街道の間を走っていたことから中道と名付けられたと甲斐国志に記されています。

中道往還の歴史は古く、江戸時代も海のない甲斐の国にとって海のある駿河との交易は塩を中心とした海産物を運ぶ重要なルートとなっておりました。

このルートを使って生まれたのが山梨の煮貝で、海のある駿河から鮑を醤油で煮込んで運んだ所、程よい距離と揺れとで美味しく仕上がったことから名物となりました。

その遥か昔、弥生や古墳といった時代においても意味をなしていたのではないかとも考えられています。その証拠に市町村合併で甲府市となってしまいましたが甲府盆地の南端に存在した中道町(甲府南IC付近)には、東日本でも最大級の前方後円墳や円墳が存在しこのエリアは山梨でも遺跡の多い地域になります。東海道側から内陸に移動し水が豊富で開けた甲府盆地に定住したのではないかとも言われています。

銚子塚古墳

 

中道往還で現在最も歴史の面影を残す宿場町は右左口宿になります。甲府南ICを精進湖方面に南下し、国道358号線の右左口(うばぐち)の信号の少し左記を右手に入っていきます。その先のT字路でぶつかる道路が旧中道往還の宿場町になります。

中道往還右左口宿

さらにそれを進んでいくと峠越えとなっていきます。現在も旧道は通行可能ですが、冬季は閉鎖されます。また、普通乗用車での走行はおすすめできないような路面状況(未舗装でこぶし大の石がゴロゴロ)ですのでかなりの覚悟が必要です。

私はスポーツバイクで精進湖の方から旧道を通り、あーもう絶対にパンクする、絶対に転ぶ、もうやだと無きながら超えましたね。オフロードバイクがさっそうと走り去っていく中。

右左口宿から山を超えると旧上九一色村の中心部で国道358号線と一旦合流します。その後また現在はトンネルになっている区間で阿難坂(女坂峠)を越えます。昔はもちろんトンネルなんてありませんからね。

阿難坂(女坂峠)

 

ここを超えると精進湖畔に出ますがその手前にも集落があり、当時の面影を残す古民家や精進諏訪神社や龍泉寺などがあります。

特に精進諏訪神社にある精進の大杉は 全国規模で見てもかなりの巨木で山梨県内を代表する巨木でもあります。同じ敷地内には諏方神社の大杉もあり、ひっそりとした集落の中にで威風堂々とした姿を遠くからでもみることができます。

精進の大杉

 

そして集落を抜けると精進湖にぶつかりますがここからの富士山もまた素晴らしいです。

IMGP4638

 

昔、河口湖で出会ったドイツ人が精進湖は日本のスイスだと言ってました。

スイスに行ったことないですけど今でも精進湖に行くとどの辺がスイスなんだろうと考えたりしますが、まだ答えは見つかっていません。